けんぽの部屋

2018/11/05

「ユーミンと菊池寛と」                     健保常務理事 篠原正泰  

 

ユーミンこと松任谷由実が、「菊池寛賞」を受賞したのだそうだ。

 

ユーミンと菊池寛という想像もしなかった組合せにちょっとびっくりだった。

 

菊池寛といったら「恩讐の彼方に」くらいしか知らないが、明治の作家だ。

 

調べてみたら「文芸春秋」をつくったコチコチの文学者で、芥川賞・直木賞の創設にも尽力したらしい。

 

現代を生き、恋を唄うユーミンとはなかなか結びつかない。

 

受賞理由はというと、「すぐれた文化活動をした」だそうで、その“文化活動”とは、「大学在学中の衝撃的なデビュー以来、その高い音楽性と同時代の女性心理を巧みに掬い上げた歌詞は、世代を超えて広くそして長く愛され、日本人の新たな心象風景を作り上げた」という長~い理由となっている。

 

「大学在学中のデビューが衝撃的」なことは、あまり受賞とは関係がないと思うのだが、せつない歌詞を、アンニュイなメロディに載せて青春期の自分にしかと運んできてくれたし、当時アルバムを繰り返し聴いた中にあったものは、“新たな心象風景”というものだったのかーと、まんざらではない甘酸っぱい気分にもなる。

 

受賞が小田和正でもなく井上陽水でもない理由は実は良くわからないけれど、昔からのファンとしては、遠くで「おめでとう」と言いたい気がする。

 

受賞が決まったあと、朝日新聞(10/16「天声人語」)にこのことが載っていたことに気がついた。

 

何度も聴いた曲なのに、こんな歌詞だったのかと思うことがある。シンガー・ソングライター、松任谷由実さんが男女の別れを描いた「翳(かげ)りゆく部屋」。〈どんな運命が愛を遠ざけたの/輝きはもどらない/わたしが今死んでも〉。今死んでも?▼破局の末の自死の匂い。他の人が詞を書いたなら、もっと重苦しく、湿っぽくなるかも知れない。松任谷さんは「湿度を抜く」ことの天才なのだ。そう書いたのはエッセイストの酒井順子さんだ▼死にしても性的なことにしても、松任谷さんが手がけると「サラリとした空気感がそこに流れる」という。生活感のあふれる従来のフォークソングとは異なる音楽を世に送っていった。(後略)

 

自分が聴いていた「翳りゆく部屋」が「湿度を抜いた」唄だったのかは、よくわからないが、さらりとした手触り感は確かにある。

 

ユーミンは、著書「ルージュの伝言」で『ラブソングを書いているとは思っていない。ラブソングという設定を借りて、もっとほかの風景とかを言いたいの。日の光や、水の影や』と述べているという。

 

不思議な感じだ。もし自分が作詞家だったら、「そよ風のささやき」や、「窓から差し込む光」という舞台設定を使って、ラブソングを書くのだろうなと思う。でもそれはやっぱり「湿度を抜く」というのには程遠いのだろう。

 

ボブディランがノーベル賞を取ったときもびっくりしたが、それも、ラブソングが多かった歌謡界で、「風に吹かれて」などで「人間の生の意味を問いかけた」唄を世に送り出したことが受賞理由ということらしい。

 

前提を変える、見かたを変える、身近でいえば重い話題なのにさらりと言いのける人がいたり、それがジョークっぽく笑って伝えられる人がいるのと似ている。ネガティブなことをポジティブに捉えられる人がいる。

 

今後、日本もどんどん高齢化していき、感染症が主流だった時代から、生活習慣病という長くお付き合いをする、治りにくい病気が当たり前の時代がきている。そして、遠い重厚な病院ではなく、地域の拠点や自宅で療養するという時代がくる。医療や介護が、それまでなかったうねりで地域や家庭にやってくる。

 

どんな時代なのだろう。

 

これを、ユーミンのように「深刻な問題という設定を借りてほかの明るい風景を言いたいの」といってのける人がたくさん出てきたら素敵な未来なんじゃないかな。